手紙で愛を伝えるメリットと弊害とは?

最近、見ないアイテムといえば「ラブレター」なんではないでしょうか。完全に絶滅したわけではありませんが、年間生産数はガツンと落ち込んでいそうですね。今ではメールが主流ですから、告白だって手紙ではなくて、メールです。このラブレターというアイテムは厄介なものでもありました。それは不特定多数に見られてしまう危険性が高かったからです。メールでは受信者が非常識な人でない限り、そんなことは起こり得ません。勇気がなくて、直接本人に渡せられない場合は、人に頼むことになります。他人を郵便局員にした場合、他人に見られる危険性はさらに高まるといえるでしょう。「そもそも手紙なんて使わないで直接本人に言いなよ」とも言いたいのですが、それが言えたら簡単です。いろいろな想いが交錯して無理なんですよね。この胸の張り裂けそうな想い。ですからラブレターに頼らざるを得ないのです。「だったら、直接ラブレターを本人に渡しなよ」とも言いたいのですが、それができたら告白だってできています。ちょっと、これは言い過ぎですが、渡して相手のリアクションを見るのも怖いんですね。ですから、信用する「郵便局員」に託すのです。

しかし、その郵便局員が厄介だったりします。「いったい、どんな内容なんだろう」そう思うと開封せずにはいられないのです。職権乱用です。「おい、なんだそれ。面白そうじゃん」不良男子たちも寄ってきます。すると、もうおしまい。ラブレターは公文書になってしまいます。直接本人に届く前に内容が広まってしまったときほど、恥ずかしいことはありません。メールよりも思いが込められるという意味ではラブレターは優れています。やはり手書きの文章というのは、想いが込められるからです。しかし、誰しもが目にできるというのは、やはり厄介です。学生時代、ある男の子は「暗号」でラブレターを作りました。「あいしてます」を一字ずらして「いうすとみせ」みたいなかんじです。もちろん「気持ち悪い」と言われていました。

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